シャッターを切ったあとの物語

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最近、コダックのハーフフレームのトイフィルムカメラを試しに買ってみたところ、現像された写真から蘇る記憶が驚くほど鮮やかだった。すっかり忘れていた瞬間が、左右二コマ並んだ構図はまるで見開きの漫画のように物語を紡ぎ、シャッターを切ったあの瞬間へと引き戻される。

デジタルカメラやスマートフォンが捉えるのは、いつも「いま」だ。撮ったその場で写真を確認できるけれど、その瞬間はまだ「思い出」にはなっていない。しばらく経ってから写真を見返したとき、はじめて「いま」は「思い出」へと沈殿する。しかしSNSの時代、すべての写真がそうして思い出になれるわけではない。

一方、フィルム写真には「いま」が存在しない。シャッターを切ってフィルムに焼き付けた像は、一本撮り終えて現像するまで見ることができない。その間に、記憶は少しずつ薄れていく。けれどそのいくつかは、夢のなかで静かに整理され、醸され、発酵していく。やがて現像された写真を手にしたとき、もう忘れたと思っていたものが、脳の奥深くからふいに姿を現す——撮ったときに想像していたよりも、ずっと温かく、ずっと鮮やかに。

フィルム写真には、「いま」がない。いつも時間をかけて醸され、初めて像を結んだときには、もう美しい思い出になっている。

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Yuren 2026年3月21日
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